昭和56年8月18日 朝

御理解第88節
 昔から、親が鏡を持たして嫁入りをさせるのは、顔をきれいにするばかりではない。心につらい悲しいと思う時、鏡を立て、悪い顔を人に見せぬようにして家を治めよということである。



 いよいよ、広がりに広がる。いよいよ、おかげにおかげの花が咲くというように、その手立てを合楽理念に求めると。先日十三日会の時に、岩井千恵子先生が発表しておりましたように、一切の事に有り難いと言う答えを出して行く以外はない。本気で教えに取り組んでおると、心の中が和らぐ。心の中に喜びを感ずる。教えに取り組んでおる。だから、どう言う場合になっても、有り難いと受けられる、まあ心の状態が頂けれるのだという意味の話をしておりましたですね。
 ですから、やっぱそこまでが信心じゃないでしょうか。秋永先生はそれを、ああさすがにプロだなとこういうふうに言ってましたけれども。ね。これはプロもアマもない。もう合楽で御信心を頂くならばここまでは信心を分かっとかなきゃ。体得しとかにゃならん。一切を神愛だという事を分かるというだけではなくて、確かにそうだなという体験をいよいよ積む為にもいわゆる、いかになるほど神愛だなあ。としてお礼の言えれる答えを出して行かなければならない。
 鏡を立てるという事は、私はいつも、教えの鏡という事をいつも思うんです。だからどんなに、なら、腹の立つ事やら悲しい事やらがあってもです、その時の教えを思うたら、心が和らいでくる。よくよく考えよったら、おかげで神様がこのようにしてまでも力を付けて下さる。私は昨日、ここで聞いた事のないような方達が3名であの、お初穂があっちからきましたから、これはどこの方ですかって聞きましたら、上野先生がお取次ぎをしておる方であって、十数年前に、あの、結婚の事でお伺いに来た有る教会の信徒総代の娘さんであった。
 ああそうそう(    )そげなんことがあった。それっきりお参りもして来ませんでしたから、もう忘れてしもうておりました。そしたらその、上野先生にお届けをされますのに、この結婚はどのようなもんだろうかと言うてお伺いさして頂いたら、丁度、砂漠を旅するもんだと頂いた。それ見て私思い出した。ほんに十三年前そげなん御理解頂いた人があったなあと。そしてその後、嫁に行ったとも嫁入りなかったとも聞きませんから、あのまあ失念しておりましたけれども、やっぱりあの、御理解に砂漠を旅するようなもんだと。寂しい、けれども神様を頂いて行けば必ずオアシスがある。
 ね。そのオアシスを楽しみに、そういう御理解をした事を昨日私は思い出したです。ただ沙漠を旅するというだけじゃない。砂漠を旅するということは、ね、必ずオアシスにも出会う事が出来る。ね。結婚、始めから嬉しい、楽しいという事ばっかりじゃないかもしれんけれども。ところが昨日、その話を聞かせて、あの上野先生にお届けをして帰られたというのが、もう十何年間もそれこそ、もうほんな山の中の一軒家のようなところだそうですから、もうそりゃあ寂しい事、まあいろいろ辛い事がいっぱいあったらしいですけど、そのたんびんにオアシスがある。オアシスがあるということを思い続けて今日までおかげを頂いたら、もうその辺りが一面自分の田地田畑になってもう大変な広い、ええ何て言うですか、あの果物、果樹園を開いてもう子供にも何人も恵まれて、ただ今ではこんなおかげを頂いておるという事であった。ね。
 それこそオアシスの、じゃない砂漠の旅をするような事であっても、ね、やはり教えがその都度都度に鏡になってる。始めから、先生が言われたが確かにそうだった。砂漠を旅するようなものであったけれども、ね、辛抱していきよるとオアシスにめぐり合う。ね。それがその、今オアシスに会っておるところであろうと言うて、その子供さん全部連れてお参りをして来たと言うのです。ね。教えがね、その人の十数年間を支えてきた。苦しい時もあった。これが砂漠の寂しさであろうという時もあったけれども、おかげで言うならば、もし言うならば教えを頂いてなかったら。ね。もう途中で帰っとったかもわからん。
 夫婦別れになっとったかもわからん。けれども、まあオアシスを楽しみにとこう頂いておったから、それで苦しいけれども金光様金光様でまあ今日までおかげを頂いて、今日ではそういう大変な儲け出しをなさった。まあ広々とした果樹園をいれて、はあ今、子供達もいっぱいにおかげを何人も健康な子供を頂いて、家庭円満にやらせて頂いておると。ね。という、これは私がお取次ぎさせて頂いたわけじゃなかった、上野先生から後から聞かせて頂いたんだけれど。もうそんな事があったな懐かしい。改めて思い出させてもらったんですけれどもね。
 いわゆる、嫁入る時に、私が教えを頂いて行くという事は何と言うても嫁入り道具の第一だよと。教えを頂いて行くという事は。というふうに私は皆ここで申します。ただその教えが生き生きとしておる。これはある方がお嫁入りをする時に、色紙を持ってきた。それで、ここなかなか大きな分限者でしたけれども、分限者であればあるほどいろんな問題はいっぱいある。ね。時々参って来るんです。それがもういつの場合であっても、あの親先生に行く時に、もう椛目の頃でしたから、もうだいぶなるんですけれども。もう苦しい時にはあの色紙を見ると。色紙を見ると「しほうはい」と書いてある。お正月の事ですよ。だいたいは。ね。けれども私はその時の御理解を、もうあんたの周囲は拝ませて頂く物、事柄やら人やらばっかりだよと。
 ぐるり、こうっと回ってどちらを向いても拝む事ばっかりだよ。拝めん人があったり、拝めない時がある時には、自分の信心が間違えておる時と思いなさい。まあその時分には、女子青年で熱心に信心もしておりましたし、お母さん達も大変おかげを受けた人達でしたから、その教えが今に続いておる。おかげで、まあ様々な事があったけれども、おかげを頂いておるという。確かに、鏡を持たしてやるのは、顔を奇麗にするばかりじゃない。ね。教えの鏡を持って行くということは、その生き方の言うならば調子の上に、ね、自分の心の調子が狂うと悲しかったり、腹が立ったりするような事があるんだけれども。ね。そこを辛抱し抜いていく時に、ここでいつも言われる、黙って治めると言うのは、この御理解から頂いたんですよ。
 黙って治める。合楽での芯のように言われます。人に、悪い顔を人に見せぬようにして家を治めていけと言う。そこんところから頂いた。家を治めると言う、さんずい編にム口と書いてあるでしょう。ね。治める。そこから頂いた御理解です。さんずいという事は、自然に起きて来るという事でしょう。自然に流れてくる事です。それをム口、黙って受けて行け、治めて行けという。ね。それをならある方は、砂漠を旅するようなもの。辛抱していくうちにはオアシスにもめぐり会うことが出来る。ある人には四方拝で行けよと。あんたの周囲にはもうお礼を言う事ばっかり、拝む事、拝む人、拝む事柄ばっかりだよと。実際は拝めるどころか、情けなくて悲しい時もあったけれども、ここを何とかして拝んで行かなければという、言うならば信心が支えになって。ね。ならおかげで今日、まあこうやって両家共大変繁盛のおかげを頂いておる。
 ね。なるほど、今日の88節じゃないけれども、広がりに広がるでしょう。ね。お互いが広がるおかげが頂きたいのです。もう広がるに広がるおかげを頂きたいのだけれども、それを四方拝で頂ききらん。ね。オアシスに巡り会うまでの辛抱がしきらんで、その砂漠地帯だけをいつまでたってもグルグル回っておるような信心では、ここを頂き抜かしてもらう。信心が支えになって、教えが支えになって、それが鏡ともなって自分を写し出してくれれるおかげを頂くと言う。この事だけででも繁盛に繁盛。広がりに広がると言うおかげの元があるのです。
 あれもこれも覚えるとか、詳しいとかという事じゃない。私昨日、丁度ここへ出てまいりましたら、その方に会う事が出来なかったけれどもね。ほんに十何年前に、おそらく砂漠を旅するようなものと聞いただけでも今、今時ジュウッとしましょうね。その後参ってこんから私は、あのそのまあ、どうなっとったかも気付かんかったけれども、そのご理解聞きよってほんにそんな人があったっけ。何なに教会の総代さんの娘さんきよっとがあったあったと今日思いださして頂いたんですけれども。
 もうそれが私の十何年間の支えでしたと言うのです。どうぞ。      (ゆきこ)